じんましんでお悩みの方の助けになります!
今日の言葉:意地商いは破滅のもと。
ニワトリの卵は…
動物の卵の種類は、等黄卵、弱端黄卵、強端黄卵、心黄卵があって、鳥類の卵は、強端黄卵に属すると学校で教わりました。でもニワトリの卵は心黄卵のような気がするんですけど、どうなんでしょ....
卵管造影検査で卵管が写らない場合
卵管造影検査をしました。卵管が写らないのは、子宮筋腫の影響だとドクターにいわれました。そして、妊娠するには、(1)体外受精、or(2)子宮筋腫の治療のあと自然受精、という選択肢を示されました。(1....
卵アレルギーと卵ぼーろ
子供が10か月の時卵を食べたら全身に発疹ができました。でもマヨネーズとか、卵が入ってる食品ではアレルギーは出ません。もうじき1歳になるのですが、卵ぼーろはやはりやめたほうがいいでしょうか。少しづつ試していっ....
身分違い?婚(長文です)
身分違い?婚(長文です)うちは江戸時代から続く医師の家系です。私も医師の卵です。私の彼は高卒で小さな会社の事務職です。彼の家は親戚中を見渡しても大卒がいません。付き合って3年近くになります。先日彼のプロポーズを受け入れました。プロポーズは「一生守っていきます」と言われました。彼のご両親にご挨拶に行ったところ本当に素敵な方でした。手作りの料理で温かくもてなしていただきました。彼は自分の温かい家族が自慢で仕方がないようです。今度は私の両親に・・・と思い、父に彼の話をしました。「一生守っていきますと言われ、彼と一緒になる決意をしました。一度会ってもらえないでしょうか。」と父に聞いたところ・・・「具体的にお前をどう守るんだ。経済的に、社会的に、精神的に。私はお前を全ての面において守ってきた。それを引き継げない男のところになどやらない。それに先祖が連綿と受け継いできた遺伝子をお前は軽く見すぎている。具体的にどうお前を守るのか提示して、私が納得するまで結婚は絶対に認めない。」と言います。彼の給料は開業医の父の10分の1にも届きません。これから先届く見込みもありません。社会的地位も決して高い場所には行かないでしょう。学歴や医師であることを遺伝子の優秀さと取るなら、確かに彼の家系の遺伝子は優秀でないのかもしれません。(私はそうは思いませんが・・・。)けれど彼は一生懸命働いています。自分の家族にも誇りを持っています。それに私自身の人生に必要な人です。彼に父とのこんな会話があったことは言えません。彼は私の家に挨拶に行くのをむしろ楽しみにしているようです。私が彼の家に挨拶に行ったときのような楽しい時間が過ごせると思っているようです。私は一体どうしたらいいのでしょうか。父との喧嘩にも疲弊しきり、彼の顔を見ると涙が出そうになる毎日です。
主人の節約論に限界です
主人の節約論に限界ですきたない話で申し訳ありませんが、数日前のことです。私はトイレで小をした時、いつも「大」の方で流しています。主人が「なんで?」と聞いたので、「水流が弱くて流れないから」と答えました。そのときは納得したようだったのですが、今朝のことです。「小でも流れるよ」「トイレットペーパーをしっかり水につければいいんだよ」と主人が言いました。でも、私は何度やっても流れたことがありません。主人はきっと、10~20cmくらいで、ためしたんだろうな…と思います。私が使うトイレットペーパーはシングルで50cmにもなりません。それ以下では手に排泄物がついてしまいます。しかも拭いた後なので、くしゃくしゃになり、いくらトイレットペーパーが水を吸っても、流れるまではいきません。以前、主人は水道代がもったいないらしく、私がトイレに入った後、すぐ自分も入るから流さなくていい、といいました。自分の排泄物をたとえ主人でも(いえ、むしろ主人だからこそ)見せたくはありません。私は断固として拒絶しました。主人はもともとお金には細かい人です。ですがトイレの使用方法まで制限するなんてありえません。しかも無理な方法です。トイレってものすごくプライベートな場所です。そのことについて、女の私に向かってそんなことを言える主人の精神を疑います。そんなことを言われて、恥ずかしいとか嫌だとか思う女の人の気持ちを考えないのでしょうか。直談判しても、聞く耳をもちません。なんでそこまでしなくちゃいけないのか、私にはわかりません。うちは月収が25万と、確かに多くはありません。でも食費は3~4万、生活費も無駄にはしていません。貯金もしています。それでも主人にこと細かく言われ、今日はさすがに精神的にまいってしまいました。主人が仕事に行った後(土日は仕事なんです)今日は子供の前でぼろぼろと泣いてしまいました。どうすれば主人にこの気持ちをわかってもらえるんですか?どうしたら行き過ぎた節約論を説得できるんですか?もう限界です。だれか、助けてください。
どうせ死ぬのに、なぜ生きるの?
どうせ死ぬのに、なぜ生きるの?倫理問題、第2弾です!死んだら全てが消えてしまいます子孫ができて、知識や経験を伝え残したとしても、私が感じたことは変容してしまいます価値観が全く同じ親子はいませんし、伝える事が出来ても変容すれば、もはや私の価値観ではありません「死」に向かって生きている、あるいは「死ぬために」生きているそう考えるなら、いま死んでも同じでしょう。でも死ねませんよね愛する人がいるから死ねないのでしょうねでも、いつか死にますだったら、最初から産まれて来なければ良かったのではないですか?子孫なんか残さず、人類はこれから先、死に為に生きることを止めてしまえばいいそうなりますよね?この世を、魂の修行の場とでも考え、在るか無いかも分からない、死後の世界や仏の世界を持ち出しますか?よくある話です。こうやって昔の人は答えを出したものですしかしながら死は単純な否定ではないのでしょう>私にはこれから死ぬことの勉強をしなければならない>死への(心や身辺整理の)準備のための勉強ではなく,彼女にとっては>「死にゆくこと」そのことが仕事であり勉強だ,というのです死と向き合う必要性は、単なる否定からは生じません上記までを踏まえて質問します①いずれ死ぬのに、どうして生きるのか?②その死とは、いったい何か?③その死によって、生が否定されない理由は何か?私の意見(別ID)を参考までhttp://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1010718995http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail.php?qid=1410725094&sort=1上記回答のとおり、人間は、最初から目的があって生まれてきたのではありませんもし目的があって生まれたのなら、私達は、それに向かって生きるしかなく、自由という翼を失ってしまうでしょうむしろ生きることが、「意味の形成」や「価値の創造」だと言えますでは死んだら、それら全てが失われるのでしょうか?答えはNOですそれは家族等の心の中に、貴方が残っているという意味ではなく、貴方が創り出した「意味」の積み重ね(人生の歩み)は、死んでも消えないという事です物語を紡ぐ存在介護などを中心として、パーソンではなく、人生を人の存在として考える動きがあります「老い」も、「死と向き合うこと」も、その人が紡ぎだす人生の物語なのですその物語は、この世界に刻み残されるつまり「物語=人生」が残る事は、存在論的に死なず、生は否定されはしない
納豆に何を入れて食べますか?
納豆に何を入れて食べますか?納豆ブームがまた来るといいなぁ~と思ってます。納豆を食べるとき、あなたは何を混ぜて食べますか?私の家では、「タマネギのみじん切り」を入れるんです。醤油か納豆に付いてるタレ、和がらしが一般的だとは思いますが卵も入れたりしますよね。